自動運転について、AI、カメラ、センサといった点から以外の、社会学的視点から見て楽しみにしている取扱屋です。
自動運転車のセンサにはジャイロセンサや加速度センサを積んで補正をしている、といった話にはワクワクしています。
今回は都会の自動運転バスの話です。
ちょっと都会に特定しているのは、取扱屋には公共交通としてのバスの不足による改善は理解していますが、地方のバス需要の動向情報がつかめないためです。
簡単に言ってしまうと、都会ほどの利用者がいない場合はオンデマンド型バスの方が向いていると思います。
さて。
ここでは駅に隣接している団地群やニュータウンを想定します。
はっきり言うと限界団地とか限界ニュータウンも含みます。
通勤時間帯と昼間のバス利用者は行きたいところが違う
さて、バスというと以下のようなイメージではありませんか?
1日中規定のルートを走り、閑散時には本数を減らす。
取扱屋もつい先日まで同じ考えでした。
「こういう団地、自動運転になったら通勤、通学はなんとかなるんじゃないか。でも閑散時間帯は本数を減らして待機かぁ」
考え直してみると、この考えは間違っていました。
人間の運転手のルート学習よりは自動運転のルート設定は容易なので、「自動運転なら、日中の通勤・通学時間帯以外はルートを変えれば良い」のです。
通勤時間のサラリーマンが行きたいのは駅です。
居住者が昼間に行きたいのは、病院・役所・金融機関・ショッピングモールです。
学校間の距離が離れているなら、別便を作って学校から団地への2、3停留所の帰宅ルートを設定しても良い。
もっと言えば、様々な学校、たとえば自動車教習所の送迎バスなども時間外には他用途に使用できる。たとえば、学校の営業時間外にあたる夜中の1時間ごとの地域巡回バスなどでも転用できます。メンテナンスなどを考えると、いくつかの学校で連携する必要がありそうです。
日中のルート変更が容易になると
いままでは「バスに乗っても、もう一度あるいは2度乗り換えないと、目的地の役所や病院へ行けない」が、バスの台数を増やすことなく解消されます。
取扱屋の近所の「コーシャハイム向原」を例に挙げると、病院は近くに敬愛病院がありますが、少し離れた日大板橋病院には、電車で一駅、そこからバス、東京都立豊島病院へは電車の乗り換え、板橋区役所は電車で二駅、そこからバス、となっています。
しかもこれらは地域をかなり知っている人のルートです。バス停への乗り換えと言われても、初めてではなかなかわかりません。
そして、小竹向原駅至近には商店街というほどのものがないので、電車一本で行ける池袋、練馬周辺以外に、近所の宮ノ下商店街、千川駅周辺、江古田周辺の利用が楽になります。
これが小型のバスでも分散利用できれば、対応できる可能性が出てきます。
もちろん、いくら自動運転だからといって、ソフトでルート設定をしても停留所は生えてきませんから、ルート設定すればすぐに運行できるわけではありません。それでも、現在よりもルート変更ははるかに容易になります。
ルート固定の理由
では、なぜこれをオンデマンド型のバスでなく、ルート固定化を推奨するか。これは「利用者が多いから」です。
オンデマンド型で利用者が多いと、30m行ってバスが停まることもしばしば起きます。これは腹が立ちます。そこで目に見える公平性のために停留所を設置します。
要は「バス停1つの中間点くらいは歩け」です。もちろんバス停間の距離はあまり長くない方が良いでしょう。あるいはオンデマンド区間を設けるというのもありかもしれません。
タクシーの配車アプリのようなものを利用すれば、バスの位置も確認でき、利用しやすくなるでしょう。
自動運転バスの見えていない利点
自動運転バスのできることは、運転手不足対策だけではありません。
柔軟なルート変更による利用者対応はもちろん、終バス、始発バスを気にしなくなったりすることもできるかもしれないし、学バスが利用時間以外は駐車場待機がなくなって、目的地への移動が楽になるかもしれません。
もちろん、終バス、始発バスは同時に実用化されるだろう「自動運転タクシー」でも、あまり財布を気にせずに対処できるとは思っています。
ただ、「終電がなくなって残業を断る」口実が消えるという悪夢が来るかもしれません。
もしかすると、最大の障壁は……行政かもしれない
といっても、これに立ち塞がる最大の壁は行政……かもしれません。既存の「バスは毎日同じルートを走る」「ルート変更の手続きは各所と協議の上」といった考え方を変える必要があります。
いくらバスのルート変更が技術的に容易になっても、路線の認可といった行政手続きが速くなってくれないと、こういったことは実現できません。
でまぁ、こういったことも実現されることを望みます。
せっかく自動運転バスを導入しても、通勤時間帯以外は駐車場で待機で、病院や役所に行くのには相変わらず不便ではもったいないですから。