やっと温かくなってきましたね。櫻の花は早くに咲いてもう散ってしまいましたが……
さて。ちょっと今回は、今までと違った方向から書いてみようかと思います
今、私は妻に連れられて新しい習い事を始めています。
私のことを知っている人でしたら、武道系のものかと思うかもしれませんが、残念ながら違います。武道系のことでしたらかえって今までやってきた事がベースとなるので始めるのは楽なんだろうと思います。ただしその分、癖となってしまうことが多いように感じますが、それがどういうことなのかを「言葉」にして説明できる貴重な機会が得られましたので、今回はそれについて書こうと思います。
■武道だったら簡単なのに…
本当に武道関連でしたら、それなりに武器をどう扱えばよいか、といったことはなんとか、想像がつきます。
しかし今回習っているのは、動きをきれいにしようという目的を含めて茶道なのです。
まったくわかりません。
実は、最初に立つ時の動作が大きいということで指摘を受けました。
これについては修正済みですが、そもそも立つ時の動作の考え方の基本として「相手を蹴ることができる」という考え方が頭の底にあったわけで、そこから直す必要があるかと思ったわけです。……結局この点に関しては、「考え方」は直さずに「動作」だけでなんとか対応できることがわかりましたが。
これは余談でした。
■できなかった動き
さて、今回できなかった動きというのは、袱紗を「捌く」という動作です。
基本中の基本動作で、1番最初に習うことであり、どう習ったのか。というよりも、先生方などにとっては普通の動作として完全に身に付いているものと思います。
それだけにこれをやったことがない人に説明しようとすると、うまくいかないのです。
簡単に言うと、ふくさという布の右端の角から左端の角に向かって、左指で引いて持ち換えるといった程度のことのですが、これを習った通りにやろうとすると、右手の指がつりそうになる。
先生はどうして指がつりそうになるのか理解ができず、「緊張でもしているのか?」と聞かれたほどでした。
何回かやってみて、容易にできる場合と、指がつりそうになってできない場合があるということがわかってきました。
そうすると自分は普段から身体を使って考えることをする人間ですから、できる場合とできない場合とで何か違いがあるに違いないという風に考えました。
そうして、なんとかやってみながら、妻にも同じ動作をやってもらいました。
ごく自然に、袱紗の上の辺を平らに…水平に持っていました。
あまりにも当たり前のことなので、「捌く」ときには上の辺を水平に持つということは説明するのことを抜かしてしまったようです。
その結果として、自分の動作では左の角がかなり下がっていたようなのです。上辺が水平を保てていない。
左の角が下がると、右側の余っている布の部分は当然重力に従って真下に下がりますから、本来あるべき位置よりも遠くなります。遠くなったものを無理矢理捕まえようとするので指がつりそうになる。これが私に起こっていたことでした。
正直なところ説明する方がアホらしいと思われるようなミスです。
しかし不思議なことに、これを指摘されなかったのです。というか見ていても分からなかったようなのです。
なぜかというと非常に簡単な話で「そんな事はあり得るはずがない」と思っていたから、でしょう。ありえないことだからそんなことを注意する必要が無いのは、といった思考だと思います。
■たとえば炊飯器では
私たち取扱説明書を作っている人間もこれに近いことをやるおそれがあります。
例えば炊飯器の説明書を書くとして、
1.電源をつなぐ
2.研ぎ終わった米の入った内釜をセットする。
3.メインスイッチを入れる
といった手順を書いた場合に、じつは「炊飯器の蓋を閉める」といった説明が抜けている可能性があるのです。
別に難しい説明ではありません。むしろそうするのは当たり前だろうと思う程度の、操作です。
■アプリの標準的操作
炊飯器では実感がないかもしれません。しかし例えば今流行っている、Androidのアプリケーションなどでは「標準的操作」は誰でもわかっているモノとして、説明がされていない場合があります。
実際テクニカルライターといった。かなり技術には強いと思われる仕事をしているような自分でも、しばらくわからなかったりしたことがあります。
ここではそのアプリケーションに対する批判がブログの趣旨ではないので詳しい事は書きませんが、そのアプリケーション1つだけの問題とは思えませんでした。
今書いている取扱説明書「あたりまえ」の内容の記載が抜けていることがないかもう一度チェックしてみませんか。