母は、当時の僕には不思議な教え方をしました。なにより「泳ぎ方」の指導をほとんどしないのです。ただただ浮き方と姿勢についてだけやかましく言われたのです。
そして、それは今考えるとよくわかるのですが、伝統的なやり方そのものだったのです。まさしく、「武芸十八般」のひとつとして。
さて、それはどんなものだったのでしょうか。
<95/08/19>
本来、母の習った泳法は瀬戸内水軍の武芸(*1)であるため、「海で泳ぐ」ためのものでした。そこで、母は僕をプールに連れていくときには必ず「足が立たない」プールを選んで連れていっていました。
僕が理由を聞くと、「あら、水中では足が立たないのは当たり前なのよ、適当なところで立とう、なんて考え方が間違ってるの」と、にっこり笑って答えました。
「だって、立てると思って立つのは、それは危険なことなのよ。」
「立とうとしたところの岩は尖ってるかもしれないし、藻があって足が滑ったり取られたりするかもしれないでしょ。ウニを踏むかもしれない。だから、浅くなって手が付くぐらいまで泳いでいって、初めて立つのよ」
もちろん、こういったことは一度に話されたことではありませんが、いくたびかに渡った話を総合すると、こんなことになります。(*1)やはりこれも間違いです。実は江戸の泳ぎです。
<95/08/19>
水に入ったときの教授方法も(今考えてみると)、一般的な方法とはまったく違っていました。
母が最初に教えたのは「とにかく水に浮く」ことと、「水中での身体のさばき方」(*2)でした。「これができないと、泳ぎ方なんか教えてもしょうがないでしょ」という、当時は理解できなかった言葉とともに、とにかくけのびの形で浮くことと、水中で立つこと(最初は簡単な踏み足の立ち泳ぎ)、「沈んでから決してあわてずに浮くのを待つ」ことをほぼ同時に教えていました(今から思えば、である。当時はなぜ母は『泳ぎ』を教えてくれないんだろうと思った)。
身体のさばき方は背の立たないプールで、プールサイドに掴まって身体をコントロールする方法からあとは、(背が立たないだけに)自然に身に付いたようです。
浮き方については、まぁ普通のといっていいやり方である。
けのびや、手を持ってまっすぐに身体を伸ばさせるといった方法(あれ?母も足はつかないはずってことは立ち泳ぎをしつつか?)で、とにかく「きれいに」浮けるようになりなさいという指導でした。「プールサイドに片手でつかまって身体を伸ばして浮けるようになりなさい」と
言われたのですが、いまだに完璧にはできません(^^;)(*3)。泳法の指導を開始したのは、僕がとにかく100mを泳げるようになって後のことでした。指導といっても、事細かな指導よりも、主に「肩に力が入ってるから変に肩が浮いて足が沈んでる」とか、「お尻だけぽっかり浮いて、あとは沈んでる」といった指導が大半で、他には「指先に神経を集中しなさい」(今思えばなんとありがたいことを)とか「力を無駄に使わない」といった形の指導をたまに行なうだけで、大概は放っていました。
まぁ、それでも塵も積もればなんとやらで、母の技術をなんぼか習い、また盗み、とりあえず平泳ぎ、のし、立ち泳ぎまではできるようになった(*4)のでした。
(*2)後に海外で泳いで立とうとして、足の裏を切るという失敗をして、みごとに身に付いていなかったことを証明した。
(*3)実は今でもでできません。
(*4)実は誤解と思い込み。本当の意味では泳げていないのだ(^^;)。
<95/11/18>
あれから、「はて、俺どうやって浮いてたっけ」ってことを考えていましたら、いまはごくあたりまえに浮いているのですっかり忘れていましたが、僕はその昔浮くためだけの練習をしていたのでした(^^;)。
え? 浮く練習なんてあたりまえだって?ちがうんだな、これが(^^;)。
普通、学校などで水泳を習うときは「まず5メートルけのびで泳げるようになりましょう」とやりますよね?つまり、最初から「泳いで浮く」トレーニングをするのです。
それに対し、母は僕に対してこういうトレーニングを指示しました。
「プールの縁に向かって両手でつかまって、まっすぐに全身を伸ばして浮く練習をしなさい。」ちょうど、ビート板につかまってバタ足の練習をする格好を思い浮かべてもらうといいかと思います。それをプールの端に向かってやるのです。
ビート板と違うのは前進できないことだけです。
ですが、やってみるとわかるのですが、最初のうちはとてもじゃないが浮かんでいられません。一瞬でガバアと沈みます(^^;)。うそだと思ったらやってみるといいです。あれ、と思うほど浮かないです。
実際、いまでも完全にきれいに伸びることはできず、斜めに沈むのですが(^^;)。
母は、この状態でちゃんと浮いて、さらに顔を上げることができました。
僕にこれができないと見た母は「しかたがないわね」と言い、こんどはプールの縁に平行に掴まって浮く練習をさせました。縁に近い手はまっすぐ伸ばして掴まり反対側の手でプールの壁に軽く触れます。これで、少なくとも左右に転倒する可能性がなくなります。が、最初はやっぱり浮かないんですね(^^;)。
しかし、まぁしばらく続けていると、いつかできるようになるものです(*5)。ついでに……(^^;)
これで浮けるようになって、一応平泳ぎができるようになった後、母に「のし」の形を習いました。
横を向いて、上足を前に、下足を後ろに……一瞬でガボボと沈みました(^^;)(*6)。
母は笑って言いました(実に嬉しそうでした(^^;))。
「のしを始めたときはみんな最初はそうなるものよ(^_^)。でも、だからって上や下に身体をひねっちゃダメよ、そのうちちゃんと浮くようになるから」(*7)
だが、こんな母も何を思ったか突然行った「初心者水泳教室」(おいっ(^^;))でクロールを習ってきたというので見ていたら、クロールではあっという間に水没するのであった。あと、背泳でも同様(^^;)。慣れないことをするから……。
最後に、浮くための秘訣ですけど
「足の爪先をしっかりのばし、肩・腰に力を入れないこと」だそうです(^^;)(*8)。
あーあ、どっかで正式に習いたいなぁ……>古流水泳(*9)
(*5)これも、全然できていません(T_T)。
(*6)このあたりの理屈は稽古日記のところで書く予定です。
(*7)そのうち、ではありません。正しく技術を学べば、です(^^;)。
(*8)浮き身の技術は門派によって差があります。
(*9)結局、先生を見つけるまで2年以上かかりました。
このページの内容は、かつてニフティのあるフォーラムに書込んだ内容を基にしています。本来ならば、現在の正しい知識に基づいて書くべき内容なのですが、今書き直すと、専門用語が生半可に入り、かえってわかりづらくなるため、あえてそのままの内容で、一部だけ直して書きます。また、用語もあえて訂正していません。したがって不足や間違いがあることもたしかですが、ご容赦ください。それぞれの内容には初出の年月を記載してあります。