91年豪雨のツーリング

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古いツーレポですが…91年の8月。まだ限定解除もしていないし、乗っているのも先代のGB250の勘吉くんである。
実は、このツーリングは僕のツーリングの中でもっともとんでもないものの1つだったりします。
このツーリングで雨具の大切さを知る…というか。まぁ、なにがあったかはお読みください。

ちなみに、ほかの無茶なのはどんなものかというと……
夜の12時(天気・雨)に宇都宮を出て、そのまま一晩中走って青森まで行き、そのまま北海道へ渡り、北海道で書類を落としたりマフラーで荷物を焼いて失ったりしたツーリング。
東京からほとんど高速を使わないで広島まで行く計画をたて、なんとか名阪だけを通って大阪を抜けたものの、とてもその日にはたどりつけないと知り、やむなく(一部中国道を通って)姫路に宿泊したツーリング。
諏訪の友人宅から名古屋へ出て、そこで「よし、暖かいところに行こう」と決めて、鳥羽まで南下したツーリング。
……あれ、あまりたいしたこたぁないか(^^;)。

これまた、昔の文章ですが、ほとんど手を入れてありません。


■発端

8/12、ふいに「明日、兄貴の家(筑波学園都市)へ行く。途中に寄り道をして遊びつつバイクで行く」と決心する。
とりあえず支度をして、どうやって行こうかつらつら考えて、「よし、海へ行こう」と決心する。コースもろくに考えないまま、寝る。最初から無責任モードである。

出発(6:00)

東京都板橋の自宅を愛機クラブマンと共に出発する。とりあえず、まず千葉を目指すことにする。
環七を東に走る。お盆シーズンの早朝のためもあって、ガラガラ(都内のレベルにおいて)である。60キロちょっとで巡航する。
筑波に直接向かうのならば乗るはずの常磐自動車道の入り口を過ぎ、「千葉方面」と書いてある表示にしたがって左折、と、しばらくすると、京葉道路の入り口に来た。流れに乗っていたら、入ってしまった。
「まぁ、いいや。そう高くないし」と思い、そのまま、途中「やさしいコースでラクラク免許」といった教習所の看板を見て「さすが千葉」とか感心しつつ終点まで走る。
高速を降りると、そこに「作業服流通センター」なる看板が目に入った。
「ううむ、さすが……(すっすみません。もうやめます)」。
で、とにかく「あ、ここで皮手が買えると思ってそこに入る。まだ8時だと言うのに早い店だ。適当な品を選んで買う。1650円。さすが作業用。色が単純な黄色なのが気になるが、よしとした。でも、この色には後で感謝することになるのであった。

■養老渓谷へ(8:30)

京葉道路が終わったのだから、いいかげん左折していればよかったのに、そのまま勢いで直進して「五井」までダーッと行く。
そこで初めてハッと気付く。「僕の行きたいのは木更津じゃない」。とにかく目指すのは外房である。適当に左折する。
左折したついでに、地図確認と腹ごしらえにコンビニに寄る。コンビニのハンバーガー2個と、牛乳を買う。ホントは、コンビニのバーガーなんてうまいはずはないのだが、なぜかうまい。
ここで、マップを見て、妙な色気を起こす。
「筑波までの間は(関東平野だから)ワインディングがないなぁ。」
で、マップを見るとおあつらえ向けの位置に「養老渓谷」がある。ここを通っていくことを決める。
2車線の立派な市道からR297に入る。R409の交差点付近で養老渓谷に向かうつもりである。
だが、(思った通り)入る道がよくわからない。幸い、あたりで果物の朝市をやっていたので、道を尋ねることにする。と、店先に並んだ梨が実にうまそう。買う。3つ買って650円。
養老渓谷に向かってワインディングを走る。無理にならない、そこそこのペース。楽しい。車の後についても、追い越しをかけずに(センターは黄線)ノンビリ走る。景色が見られるので、こういうのもまたよい。
養老渓谷の近くで、氷あずきを食う。最初は、養老渓谷を抜けたあと、天津小湊へ向かうつもりだったが、遠回りなので、大原をめざすことに変える。
だが、いいかげんに走ったため、やはり迷ってどういう訳か勝浦に向かうことになった。
そして、途中。が降り出した。た。

■牛小屋へ(10:00)

そして、途中。雨が降り出した。
ツーリングの前日、東京にはシャワーそのもののような雨が降った。
その時、傘もなく、茫然とした経験をしたばかりだったので、雨はいやだと思っていた。もっとも、そのわりには天気予報すら見ていない。我ながら何を考えているのやら、である。
だが、折悪しく山の中で、適当な雨宿りの場所もない。しかたなくスピードを上げ、人家のある所をめざす。
なかなか見つからない。と、あった。古い牛小屋だか馬小屋だかわからないが(あとで、近くでンボゥーという声が聞こえたので牛小屋だとわかった)、これ幸いとバイクごと、そこへ逃げ込む。
木造、木の梁がむき出しの小屋である。3方が壁、道路に面した方が吹きさらしである。天井は2Mにちょっと欠けている。2m×5m程度で、道に沿って建てられていた。

■牛小屋の中で(11:50まで)

ここまで、やけに細かく覚えている、と感心してくれた人もいるでしょう?
実はこれ、タネがあるんです。
牛小屋の中での雨宿り中、ヒマだったもので手帳に「ツーリング・メモ」とか称して書いていたんです。
なんで、先にこんなことを書くかというと、ここからしばらく、そのメモを写そうと思うのです。時間経過の記述がちょっとおかしくなりますが、そのへんは御容赦のほどを。

10:00
ヒマなので、このメモを書く。別にスケジュールもないからノンビリしたものだ。ツーリング中、雨で馬小屋の中で雷を聞く。たまにはいいものだ。雨は上がりそうにないので、荷物を下ろしてジャケットも脱いで書いている。
まるで浮浪者である。

それにしても、よくもまぁ絶好の位置に、おあつらえ向けの代物があったものである。偶然ながら感心してしまう。

10:40
中で、体を伸ばして30分ばかりウトウトする。パン(フランスパンとチーズパン)と梨3個があるから(1晩ぐらい)平気だと思う。懐中電灯まであるから、たとえ一晩降ったって平気だと思う。着替えを持っているから、こいつを重ね着すれば寒くもあるまい。

11:10
とか書いているうちに徐々に小降りになってきた。鳥と虫の声がするから、もうすぐ止むだろう。ま、いい休憩だった。
そろそろ、また荷を積まなくちゃ。


こんな調子で、最初の方は強がって余裕を見せているが、実は11時頃にはあせり始めていた。いくらスケジュールがない、といっても1時間以上の足止めはかなわないし、だいたい、牛小屋の外の水たまりがあふれて、小屋の中に水が入りつつあったのだ。
とはいえ、なにもできないので、またしばらく眠る。(われながら、どこでもよく眠る)


11:40
まだ上がらない。ヒマと空腹で梨を1つ食った。ウマい。
最初はかぶりついたが、農薬が恐くなって皮をむく。このへんがワイルドになりきれない。
皮は不謹慎にもそのへんにまき散らしてしまった。ま、ここは牛小屋だし、自然に還るものだから、よかろう。

もちろん、ちっともよくはないのだが、メモにそう書いてあるもので…。
ごめんなさい。^_^;
それはさておいて、この後10分ほどして、雨はあがる。
荷物はすでに積んであったので、セルを回してエンジンをかけ、牛小屋からスタートする。この時ほどクラブマンのエンジンの音が心強かったことはない。

■勝浦(12:30まで)

とにかく、勝浦に無事到着する。シールドには雨が当たるが、気になるほどではない。むしろ、牛小屋で雨をやりすごすなんて、いいネタになる、なんてことを気楽に考えていた。
勝浦で、「寿司定食600円」の看板につられて入る。
すし屋のダンナがいい人で、雨のなかを走るのを心配してくれる。
「なんか父島の方に台風が来てるってよ」の言葉にすこしびびった。
が、引き返すことは考えていないのだから、大丈夫ですよ、と安請け合いをする。
寿司はうまかった。熱いお茶もうまかった。
だが、その日のツーリングのクライマックスはまだだなんてことは、この時点ではまったく考えていなかった。

後からの注
当然だが、この時点で対策を考えるべきだった。自然を甘く見ていたのがよくわかる。

■勝浦から九十九里(12:30〜14:00)

ふたたび、雨がパラつきはじめる。
途中、コンビニの前から自宅に電話(両親と同居なのだ)。雨はうまく逃れたから心配するなという。コンビニの前には数台のバイクが止まっていた。
KH,ヨンフォア,ゼファー,バンディッドなどだ。わりと気楽な格好をしている。半袖だし、人事ながらこの雨で大丈夫かな、と思う。
コンビニから出るのにちょっとスペースがあったので、バックした後に切り返さないで足つきターンをやって出る。もちろん、他の人の目を意識してわざわざやったので、僕程度では自然にできる技ではない。まぁ、失敗しなかった。ほっとする。
天気は徐々に悪くなり、九十九里に着く頃には本降りになっていた。

後からの注
こんなことをやっている場合ではない。命が危ないってのに…こいつときたら。

■九十九里から銚子へ(14:00〜16:00)

九十九里では、すでに雨は本降りであった。
波乗り道路こちら、という看板を見つつ、カッパを出して着る。しかし、すでにジャケットは少し水を含んで重い。まだ、絞れるほどではないが。
カッパを着ていると、さっきのバイクの人達が走っていくのが見えた。どうやらカッパは持っていないらしく、Tシャツ一枚の人もいる。
「あれじゃ、きついぞ」とか考えつつスタートしたが、間もなくそれどころではなくなった。
雨が、本降りから土砂降りに変ったのだ。ツーリングの前日に見た全開のシャワーみたいな雨に。
波乗り道路は入り口をミスして、入らなかった。しかし、かえってそれは幸運であった。
一般道で40キロがせいいっぱいの状態になったのだ。
この2時間の間は、ひたすら雨に耐えるライディングであった。
寒くないのがせめてもの救いである。正面からホースで水をブチまけられている中を走るようなものである。一度などは道路が10メーターぐらいにわたって10センチぐらいの水をかぶっていた。
雨具は一応あるが、ブーツカバーとグローブカバーはない。グローブカバーは忘れたのだが、ブーツカバーは買った奴が不良品だったので手持ちがないのだ。

苦しいなか、なんだかとりとめのない考えが頭をよぎる。
「歴史上止まなかった雨ってのは一度もない、て誰の言葉だったっけ」
「これぐらいの雨、限定解除に比べればなんでもない」
論理性もまったくない。ただ、流れていく言葉。疲労のせいだろう。
銚子までの間に、3度止まった。ブーツを脱いでさかさまにするためである。
いずれも、ジャーッと水が出た。靴下も脱いで絞る。恥も外聞もない。ただ、こんなものをはきつづけていると疲れてしまうという考えだけである。
絞った靴下からは、ブーツと同じ色の茶色い水が出た。
そして、銚子市内に到着した。

後からの注
ただひとつ。波乗り道路に入らなかったことだけは大正解だった。
波乗り道路は文字通り波をかぶっていたのだ。台風はなめられない。

■銚子(〜16:30)

銚子では犬吠崎をあきらめることにする。体力的には不可能ではなかったが、こんな天気と体調では行って楽しいはずがない。
ここでは、むしろ断念したことを覚えておいて、いつか復讐戦に来てやると心に誓う。
駅前で、肉うどんを食べる。力うどんにしたかったが、モチがないという。
僕のほかにも、同じ事を言われている人がいたから、やはり少し涼しかったのかもしれない。
しかし、あの時の状態はちょっとすごかっただろう。疲れているから凄い目つきをして、全身びしょ濡れ、まぁレインウェアがバイク用だったからなんとなく説明がつくものの、よくたたき出されなかったと思う。
腹にものを入れて暖まったので再出発。こんどは、R365からR408を通って筑波学園都市を目指す。

■銚子から学園都市(16:30〜19:00)

何度か橋を間違って曲がりそうになるが、こんどはミスもなく無事R4088に乗る。
ここまでで、6:30である。思ったよりずっと時間が掛かっている。
兄の家には6時以降に行く、と連絡がしてあるのであまり遅くなりすぎるのもまずい。だが、このままでは相当遅くなる。
だが、R408に乗った途端、期待は良いほうに裏切られた。
R408の流れはべらぼうに早かったのだ。70キロ以上、場合によっては速度警告灯が点灯する(100km/h)ほどの速度であった。39キロが約40分であった。

■学園都市内(19:30)

学園都市に着いた。ここの一角に兄貴の家はある。
だが、この町の夜はダンジョンそのものだった。昼間なら、案内図と地名表示があるはずだが、すべて闇に沈んでまったく役をなしていない。おまけに流れが70キロ近い。一つブロックを間違えると、目的地ははるかかなただ。
何軒かの酒屋やコンビニで道を聞いて、ようやく兄貴の家にたどりついた。
途中のコンビニで買ったのり弁とパンでもう一食食い、濡れたものを干す。
そしてシャワーを借りてようやく人心地が着く。
そして布団を借りたら、あっという間に眠ってしまった。

■2日目の出発から、不動峠へ(9:30〜10:30)

昨日とはうって変わって天気がよい。やはり、天気がよいと気分がよい。
パンで軽く朝食をすませて、出発する。
今日は東京へ直行……の予定だが、まぁまっすぐの道ばかり走って帰るのもつまらないので、不動峠(学園都市から筑波山へ行く途中にある峠)を走って帰る事にする。
パープルラインが二輪車通行止めのためだが、むしろ、こっちの方が性にあっていた。
R6を北上、パープルライン入り口のそばをすぎ、名前もよくわからない道に入る。
これが、おもしろかった。クラブマンで3速ぐらいまでしか入らない(僕の腕では、だが)道を、2速までしか使わず回し気味にして走る。こういう時のクラブマンは車体が軽いので実に元気がいい。Uターンみたいな道をクルンクルン回って走る。車線幅が1.5車線ほどしかないので、万一対向車が来たときの事を考えてマージンは取っているが、それでもバイクを右に左に切り返して、アクセルを使ってコーナーを抜けるぐらいの楽しみはある。
昨日のストレスが景色と一緒に後方に吹っ飛んでいく。

■不動峠で一休み(10:30〜11:00)

峠の頂上に着いた。頂上と言っても上をパープルラインが通っているのが興ざめだが、とにかく展望台からの見晴らしはいい。
天気が良くて、昨日の雨で空気がすんでいる。緑が目にうれしい。
ベンチがあるだけで、なんにもない展望台でしばらくボーッとしていると、下からDR250(無印/白)が上がってきた。
ちょっと手を上げて挨拶する。彼もバイクを降りた。しばらく話をする。
彼も昨日の雨にあったという。春日部の彼の家から、日光に行く途中で食らったという。日帰りのつもりで気楽に出たので雨具もなく、2人連れで出て1人脱落したという。
軽自動車が苦しそうに走っていくのを見てにやにやする。
と、そこにZX−10RX(だったかなぁ)が来る。彼はちょっと止まってこっちを見たが、そのままズ太い排気音を残して行ってしまった。
「気合入ってるなぁ」
「でも、大排気量車じゃちょっときつくないか」
「なに限定解除には関係ないだろ」
「追いかけてみる?」
どちらからともなく、出発することにした。彼のDRには手動のデコンプが着いてるといって驚く。(ごめんなさい。知らなかったんです)軽量化のためだとか聞いたけれどやっぱりセルがある方がいいな、と言っていた。
「気を付けて」軽く手を振って別れる。互いに峠の反対側だ。
この「気を付けて」って旅に出るときの言葉だけど、今の日本じゃバイクで別れるときしか本気で言わないんじゃないかなと、ふと考えた。

■取手を通って自宅へ(〜14:00)

R294から取手でR6に入り、亀有でR6から環七に入って自宅に帰る。
途中亀有で右折しそこなってちょっとウロウロする羽目になったり(あんな近くにしか案内標識がないなんてずるいよー。気がついたときには車線変更禁止じゃないか)、白バイが追い越していってヒヤっとする(流れに乗ってるときで良かった)とかあったが、まぁ無事に……
と、ひとつだけあったんだ。腹が立つことが。
センターが黄線の時はいくらバイクがキープレフトで走ってても、センターからはみ出して前方にかぶせるように追い越しをかけるのは違反なんだぞー。
おいっ!サーフボード積んだセリカ!
もっとも、僕もギアひとつ落として加速して、入れてやんなかったけど。
ついでに、元の車線に戻ったのを確認してから、こちらの意志を伝えるために左手の拳を握って高々と上げてやったら、なんか怒ってたな。やっぱり中指が立ってたせいかな。でも、それだけの事を向こうもやってるもんね。(おとなげない(^_^;))
そして、自宅に着いた。うちの飼犬が大歓迎してくれる。
無事故、無転倒、?違反、無検挙であった。まぁよしとしよう。
つらい時もあったけど全体として見れば楽しかったから。

■最後に

走行距離 1日目: 353km 2日目:136.7km 計:489.7km
こんなショートツーリングのツーレポに長々と付き合わせてすみません。
今回はメモなんぞが取ってあったのでやたら詳しかったんです。

後からの注
台風のときはツーリングはやめようというのが教訓だが。
まぁ、それはそれとして、乗りはじめの頃にこういうひどい経験をしているのはあとあと慎重になるのにずいぶんと役に立ったと思う。
しかし、まぁ…よく生きていたなぁ、このとき。

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